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ムバラク大統領が死去。死因は?アラブの春での失脚など経歴や家族の心境も気になる!

こんにちは!カシラギです!

25日、エジプトで約30年にわたって政治体制を敷いたムバラク元大統領が死去したと報じられました。

今回はそのムバラク大統領の経歴や近年の様子などまとめてみましたのでご覧ください。

プロフィール

引用:wikipedia

ホスニー・ムバラク

・1928年5月4日生まれ
・エジプト ミヌフィーヤ県出身

死去に関する速報

ロイター通信は25日、エジプト国営メディアの情報として、エジプトで約30年にわたって独裁体制を敷いたホスニ・ムバラク元大統領が死去したと伝えた。91歳だった。死因などは不明。

ムバラク氏は1981年に暗殺されたサダト大統領の後を継いで大統領に就任。中東・アフリカで民主化要求デモが広がった「アラブの春」の影響を受け、エジプトでも反政府デモが拡大し、2011年2月に辞任した。

その後、デモ隊殺害に関与した罪で終身刑を言い渡され、数年間にわたり投獄されたが、やり直しの裁判で無罪が確定した。最近は療養生活を送っていた。

1928年、北部メヌフィヤ県生まれ。空軍士官学校卒。73年の第4次中東戦争の緒戦では空軍司令官として、エジプトを“電撃的勝利”に導き、功績がサダト氏に認められ、副大統領に就任した。

エジプトは穏健アラブ諸国の「盟主」とされ、ムバラク氏は大統領在任中、外交面で親米・親イスラエル路線を堅持。パレスチナ和平仲介にも関与し、中東における米国の「代理人」ともいえる存在だった。

引用:msnニュース

死因は不明とされていますが、2010年に訪問先のドイツで体調がすぐれず胆嚢に炎症が起きていたことが発覚。

また2012年には当時デモ隊殺害に関与したとして収監されていた刑務所内で意識不明の重体になっていたなど体調は晩年にかけて悪化していたようです。

政治家としての印象

独裁者として長年君臨していたムバラク大統領は民主化の流れに飲まれ政治生命を断たれました。

しかし、政権時代に築いた功績も多く、今もなお熱狂的な支持者は一定層おり、ムバラクの名を冠した病院や駅がパレスチナやカイロに存在しています。

独裁と聞くとあまりいいイメージを持ちづらいですが、その政権の恩恵を受けた国民もいるはずですよね。

家族の様子は?

ムバラク大統領にはスーザンムバラク大統領夫人の間に二人の息子がいるようです。

これ以上の家族についての詳しい情報はありませんでしたが、夫人は政治活動にも積極的に参画していたようです。

過去には大統領の職権を不正に利用したなどの疑いで捜査されたこともあったようです。

まとめ

いかがだったでしょうか?

一時代を築いたムバラク大統領の死去についてご冥福をお祈りします。

最後まで読んでいただきありがとうございました。