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【本屋大賞2020年】ノミネートの砥上裕將(読み方:とがみひろまさ)ってどんな人?プロフィール(wikiなし)や作品を紹介!

こんにちは!カシラギです!

全国の書店員の投票で選ばれる文学賞「本屋大賞」(全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 2020年本屋大賞)のノミネート作品が発表されました。

今回は『線は、僕を描く』でノミネートされた砥上裕將さんについてプロフィールやその作風などをまとめました。

読書好きのあなたにとって参考になるようまとめましたのでご覧ください!

砥上裕將さんプロフィール

引用:東京新聞

・生年月日 1984年(35歳)
・出身   福岡県
・職業   水墨画家 小説家
・興味   ウィスキー ジャズ 猫
・受賞歴  第59回メフィスト賞

略歴

大学時代、揮毫(きごう:筆を使って字や絵を描くこと)を鑑賞したことをきっかけに水墨画家へ。

若い頃から興味のあった小説は一度執筆に挑戦するも挫折。

30歳ごろに知人の勧めで再び執筆活動を再開。

3作目で応募した『線は、僕を描く』において、2019年第59回メフィスト賞を受賞。

デビュー作となる当小説の漫画家が決定。

週刊少年マガジンで連載。

あらすじと評価

『線は、僕を描く』

両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生の青山霜介(そうすけ)は、アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山(しのだこざん)と出会う。なぜか湖山に気に入られ、その場で内弟子にされてしまう霜介。それに反発した湖山の孫・千瑛(ちあき)は、翌年の「湖山賞」をかけて霜介と勝負すると宣言する。はじめての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく霜介は、線を描くことで次第に恢復していく。

引用:好書好日

書評(ネタバレ注意)

書評家 大矢博子

まるで一幅の水墨画が描かれていく、その過程を目の当たりにした気がした。大学生の青山霜介は、高校時代に両親を事故で突然亡くして以来、カラッポで無気力な日々を送っていた。そんなある日、展覧会設営のバイトがきっかけで、日本を代表する高名な絵師・篠田湖山と知り合う。展示された水墨画に対する霜介の感想を聞いた湖山は、彼を弟子にすると宣言。絵画などまったく興味も経験もなかった霜介だったが、次第に水墨画の世界に惹かれていく――。まず目を引くのが、水墨画とはどんなもので、どのように習得するのかという情報の興味深さだ。素人(しろうと)の主人公が一から学んでいくという設定なので、読者にとっても入りやすい。しかもそれが決して〈説明〉ではなく、時には師の言葉として、時には実演場面を通して、また時には練習中の霜介の思考に重ねて伝えられるため、読者は霜介と一緒に驚いたり戸惑ったり感動したりしながら、少しずつ水墨画に馴染んでいけるよう工夫されている。その工夫を工夫と思わせない自然なストーリーテリングが素晴らしい。おかげで、水墨画の新鮮さと奥深さに一気に魅入られた。「墨の濃淡、潤渇(じゅんかつ)、肥瘦(ひそう)、階調でもって森羅万象(しんらばんしょう)を描き出そうとする試み」という壮大にしてシンプルな説明に心揺さぶられ、「一度描かれたものを消すことも、描き直すこともできない」という言葉に、美術の教科書で見たあの幽玄な山水もあの迫力の龍も一発勝負の産物なのかと衝撃を受けた。その一方で、繰り返し描く、できるまで描く、何かを摑むまで何度でも描くという修業の様子に圧倒された。風景画と花卉画(かきが)で異なる技術。絵師それぞれの個性。四君子(しくんし) と呼ばれる基本画題。本書を読み終わるや否や、水墨画を実際に見てみたい、と走り出したい気持ちになったほどだ。それだけでも充分すごいのだが、決して本書は水墨画自体がテーマなのではない。虚無を抱えていた霜介が徐々に再生する様子こそが肝であり、水墨画の描写がその再生のメタファ、あるいは象徴として描かれていることに注目願いたい。線を引く。ある時は思い切って。ある時は繊細に。最初はひとつの曲線だったものが、そこに濃い線や淡い線、太い線や細い線がどんどん加わることによって、椿になったり竹になったり湖の景色になったりする。集まった線は時には面になり、また時には影になる。それが、虚(うつろ)だった霜介が少しずつ輪郭を取り戻していく様子に重なるのだ。はじめは、花びらを描いても花に見えない。けれど対象を見つめ、対象に身を委(ゆだ)ね、自身の身体を操って「この一本」の線を探すことで、線が花びらになる。花びらが花になる。墨一色の世界に色が生まれる。一幅の絵になる。それはひとりの青年が、自分を見つめ、周囲を見つめ、自分と周囲の関係を見つめながら、確たる自分を構成する線を一本ずつ手にしていくのと同じなのだ。だから水墨画なのだ。何より、文章そのものが、物語そのものが、静謐(せいひつ)な墨絵のようだ。懊悩(おうのう)や足搔きを描きながらも、一歩引いた穏やかさと静けさが全体に満ちている。その穏やかで静かな文章で、最初は真っ白だった青山霜介という紙の上に、少しずつ線が引かれていく。まっすぐな線。緩やかな線。力強い線。優しい線。心細げな線。自信に満ちた線。幾つもの線が描きこまれ、そうして読者はいつしか、真っ白な紙から浮かび上がるひとりの青年の輪郭を目にすることになる。一幅の水墨画が描かれていく過程を目の当たりにした、と書いたのはそういう意味だ。自分の輪郭を摑む、というのは青春小説の王道たるテーマと言っていい。それを著者は、線が輪郭となり世界を構成する水墨画と見事に重ね合わせてみせた。こんな方法があったのか。青春小説と芸術小説が最高の形で融合した一冊である。強く推す。

引用:『線は、僕を描く』公式HP

ライター 吉田大助

水墨画を題材にした斬新で本格的な芸術小説でありながら、王道の青春小説でもある。砥上裕將の『線は、僕を描く』は、唯一無二のオリジナリティを放つ。大学一年生の青山霜介(「僕」)が、アルバイト先でたまたま遭遇した水墨画の巨匠・篠田湖山に見初められ、内弟子となるところから物語は幕を開ける。水墨画を描いたことなどなければ絵筆を握ったこともない、いち法学部生であるにもかかわらず――。世に「巻き込まれ型主人公」はあまた存在するが、本作の主人公の「巻き込まれ」度合いは格別だ。おっ、と物語に対して前のめりにさせられること間違いなしの導入だが、その後も興味が持続する理由は、素人(しろうと)と ではあるけれども観察眼が鋭い「僕」の体感を通して語られる、水墨画の世界が魅力的だからだ。そして、先を行く師匠や兄弟子の言葉に抜群の吸引力が宿っているから。プロフィールによれば、作者は水墨画家でもあるという。水墨画の線を引く際の臨場感や身体感覚、美学や哲学は、自身の体感に根ざしているからこそ書き得たものだろう。それが、読者を未知なる興奮に導く、エンターテインメントの言葉となって出力された。この一点だけでも、極上の読書体験を保証できる。一方で本作は、青春小説としても優れた達成を誇る。「僕」は二年前に遭遇したある出来事により、「真っ白になってしまった」。その地点から前に進めず、淡々と、ぼんやりと日々をやり過ごす状態だったのだ。その結果生じた対人関係への苦手意識や恐怖心が、「僕」の内面を満たしている。コミュニケーションに対するネガティブな感情と、それを克服しようとする勇気の描写。これぞ、青春小説の真髄だ。なぜならば大人は、過去の経験と記憶から導き出されたアルゴリズムによって、ある程度スムーズにコミュニケーションがこなせてしまうから。ところが青春を生きる子どもたちは、コミュニケーションの過程で逐一引っ掛かり、自分の放った言葉や相手の言葉をスルーせず反芻(はんすう)し、そのつど新しい感情を搔き立てていくこととなる。そうしたコミュニケーションの問題は、水墨画の問題とダイレクトに響き合っている。人はなぜ絵を描くのか? 言葉では伝えられない思いを絵に託し、他者に届けるためだ。「僕」は水墨画の鍛錬をしながら、胸に抱えた思いを飲み込まず(「言葉で話し始めれば、その瞬間に語りたいことから遠ざかっていく感情をどうやって伝えたらいいのだろう」)、どうせ伝わらないからと諦めずに(「何かを伝えたいと思ったけれど、僕には選ぶべき言葉がなかった。伝えようと思いついた言葉は、どれも適当なものではなかった」)、自分の思いをきちんと言葉にして外へ出そうと試み始める。己について語ることで己を知っていく「僕」は、芸術家としてだけでなく、人間としても少しずつ成長する。芸術と青春とが絡み合う、重層的な物語だ。本作はメフィスト賞受賞作だが、いわゆるミステリではない。しかし、謎と呼ぶべきものが作中にいくつも登場している点にも注目したい。例えば、湖山先生は水墨画の極意についてこんな言葉を放つ。「現象とは、外側にしかないものなのか? 心の内側に宇宙はないのか?」。それがどういう意味なのかは、本人の口から詳しく説明されることはない。「僕」が自分の頭で考え、筆を揮(ふる)い、画題となる自然を観察し、また筆を揮うという繰り返しの過程で、自分のやり方で気付くしかない。それに気付けたならば、また新たな謎――「いいかい、青山君。絵は絵空事だよ」――が現れる。「僕」の実感を超えたその言葉を巡る、新たな探求が始まる。
しかし、それらは物語に推進力をもたらすための、小さな謎だ。本作に封じ込められた最大の謎は、実は冒頭の段階で掲げられている。湖山先生はなぜ「僕」を弟子にスカウトしたのか、という謎だ。それは、次のように言い換えることができる。「僕」はなぜスカウトを受け入れ、水墨画を始めたのか。なぜこれほどまでのめり込むこととなったのか? 本作は、ミステリではない。だからこれらの謎が解き明かされる時、読者の胸に訪れる感情は驚きではない。納得だ。水墨画という非言語の芸術分野を題材にした小説で、架空の登場人物が手にした人生とアートの関係性、時空をも越えたコミュニケーションにまつわる真理を、反発心や違和感など一ミリも感じることなく、深い納得を抱いて受け取ることができた。それって、当たり前のことじゃない。一流の作家だけが成し遂げることのできる、奇跡の感触がここにある。

引用:『線は、僕を描く』公式HP

まとめ

いかがだったでしょうか?

水墨画家ならではの作品となっているようで非常に興味が沸きますね。

興味を持っていただけたら嬉しいです。

最後まで読んで頂きありがとうございました!